古いジム
ジムの入口は、昔と同じ匂いがした。
古い革。乾いた汗。湿った木の床。消毒液。夜の雨が、開け放たれたドアから少しだけ入り込み、コンクリートの匂いを足していた。
彼は、十年ぶりにその場所へ戻ってきた。
看板の電気は半分切れていた。赤いネオンの一部だけが、濡れた歩道に震えるように反射している。昔はここに若い選手たちの声があった。ロープを跳ぶ音。ミットを叩く音。誰かが笑い、誰かが吐き、誰かが怒鳴られていた。
今は、静かだった。
静かすぎた。
彼はドアを押した。鍵はかかっていない。蝶番が低く鳴り、暗いジムの奥にその音が吸い込まれた。
リングは、まだ中央にあった。
ロープは少したるみ、白かったはずのキャンバスは灰色に沈んでいる。天井の蛍光灯が一本だけ点滅していた。そのたびに、リングの影が床の上で伸びたり縮んだりする。
そして、リングの下にホイッスルが落ちていた。
彼はそこで足を止めた。
それは、トレーナーのものだった。黒い紐。銀色の小さな傷。噛み癖のついた吹き口。十代の頃から、彼はその音で走り、その音で止まり、その音でまた立ち上がってきた。
速く走るな。止まるな。
声が、頭の奥で鳴った。
彼はホイッスルを拾おうとして、指を止めた。
床に、血があった。