CHAPTER ONE

古いジム

床に落ちたホイッスル。血の中で止まったストップウォッチ。彼を鍛えた男は、死ぬ前に最後の練習メニューを組んでいた。

Chapter One

古いジム

ジムの入口は、昔と同じ匂いがした。

古い革。乾いた汗。湿った木の床。消毒液。夜の雨が、開け放たれたドアから少しだけ入り込み、コンクリートの匂いを足していた。

彼は、十年ぶりにその場所へ戻ってきた。

看板の電気は半分切れていた。赤いネオンの一部だけが、濡れた歩道に震えるように反射している。昔はここに若い選手たちの声があった。ロープを跳ぶ音。ミットを叩く音。誰かが笑い、誰かが吐き、誰かが怒鳴られていた。

今は、静かだった。

静かすぎた。

彼はドアを押した。鍵はかかっていない。蝶番が低く鳴り、暗いジムの奥にその音が吸い込まれた。

リングは、まだ中央にあった。

ロープは少したるみ、白かったはずのキャンバスは灰色に沈んでいる。天井の蛍光灯が一本だけ点滅していた。そのたびに、リングの影が床の上で伸びたり縮んだりする。

そして、リングの下にホイッスルが落ちていた。

彼はそこで足を止めた。

それは、トレーナーのものだった。黒い紐。銀色の小さな傷。噛み癖のついた吹き口。十代の頃から、彼はその音で走り、その音で止まり、その音でまた立ち上がってきた。

速く走るな。止まるな。

声が、頭の奥で鳴った。

彼はホイッスルを拾おうとして、指を止めた。

床に、血があった。

The Old Gym

すべては、ここから始まる。

古いジムは、主人公にとって青春の場所であり、勝利の場所であり、痛みを覚えた場所だった。だが今、その場所は事件現場になっていた。

トレーナーの死は、単なる殺人ではない。床に落ちたホイッスル、止まったストップウォッチ、古いロッカーに残された練習メニュー。すべてが、主人公を過去へ戻すために置かれていた。

彼はまだ知らない。自分が選手として鍛えられていたのか、それとも別の目的のために調整されていたのかを。

最初の証拠

トレーナーのロッカーには、古い練習メニューに見せかけた暗号が残されていた。赤い線で囲まれた言葉は一つ。第七チェックポイント。

東京の夜、古いボクシングジムの中でリングが暗く照らされている。事件の始まりを感じさせる場面。

彼はリングを回り込んだ。

足音が、昔より大きく聞こえる。自分の体重が増えたせいではない。静けさが増えたせいだ。ここでは昔、音が多すぎて、自分の足音など聞こえなかった。

リング下の奥に、ストップウォッチが落ちていた。

画面は割れている。針は止まっている。デジタル表示の最後の数字だけが、かすかに残っていた。

04:40。

彼はその数字を見て、喉の奥が冷たくなるのを感じた。

午前四時四十分。

山道を走り始める時間だった。

十代の頃、強化キャンプでは毎朝その時間に起こされた。怒鳴られることはない。ただ蛍光灯が点き、廊下のドアが開く。選手たちは黙って靴紐を結び、まだ暗い山道へ出る。

トレーナーはいつも入口に立っていた。手にストップウォッチ。首にホイッスル。目は、時計ではなく、選手の顔を見ていた。

彼は当時、その視線を信頼していた。

今は、その視線が何を測っていたのかわからない。

事務室の奥で、何かが倒れる音がした。

彼は反射的に身を低くした。

それは競技の反射ではなかった。もっと古い。もっと暗い。身体に刻まれた、逃げるための反応だった。

What the Chapter Reveals

第一章で明らかになること

トレーナーの死

主人公を鍛えた男は、古いジムで殺されていた。現場には、彼のホイッスルとストップウォッチが残されている。

午前四時四十分

止まったストップウォッチが示す時刻は、強化キャンプで山道を走り始める時間だった。

第七チェックポイント

古いロッカーの中には、練習メニューに見せかけた暗号があった。主人公は、もう一度山道へ向かわなければならない。

事務室のドアは、少しだけ開いていた。

彼は、音を立てずに近づいた。昔、トレーナーはよく言った。強い選手は足音でわかる。うまい選手は、足音を消せる。

ドアの隙間から、古い机が見えた。壁には、色あせた写真が何枚も貼られている。若い頃の彼も、その中にいた。テーピングを巻いた手で、ぎこちなく笑っている。隣にはトレーナーが立っていた。

笑っていない。

それでも、誇らしそうに見えた。

彼はドアを開けた。

机の上は荒らされていた。引き出しは抜かれ、書類は床に散っている。誰かが何かを探した。そして、見つけられなかった。

彼は、壁の写真を見た。

一枚だけ、額が少し傾いている。

額を外すと、壁の中に小さな鍵が貼りつけてあった。古いロッカーの鍵。番号は、七。

ロッカー室は、ジムの奥にある。

若い頃の彼は、そこに夢を置いて帰っていた。濡れたタオル。古いシューズ。勝てなかった日の悔しさ。勝った日の小さな誇り。

七番のロッカーは、トレーナーのものだった。

鍵は、まだ回った。

中には、何もないように見えた。古いジャケット。巻きかけのテープ。黄ばんだ練習メニュー。折れた鉛筆。

彼は、練習メニューを手に取った。

日付。距離。坂の角度。休憩地点。心拍。回復時間。すべて昔と同じだった。

だが、赤い線で囲まれた一行がある。

四時四十分。旧山道。第七チェックポイントまで。
速く走るな。止まるな。

その下に、小さな字で、もう一つだけ書かれていた。

信じるな。

彼は紙を握りしめた。

その瞬間、ジムの外で車のドアが閉まる音がした。

Connected Files

関連ファイル

CHARACTER

トレーナー

彼を鍛え、彼を隠し、最後に真実へ走らせた男。

CHARACTER

スポーツマン

自分の身体が、何のために鍛えられていたのかを知り始める男。

End of Chapter One

最後の練習メニューが、始まりだった。

古いジムで見つかった暗号は、主人公を山道へ呼び戻す。 そこで彼は、トレーナーが守ろうとした真実と、待ち伏せていた者たちに出会う。