第七チェックポイント
夜明け前の山道は、記憶よりも狭かった。
彼は十年ぶりにその入口へ立った。街灯は少なく、杉林の影が道の上に黒く落ちている。遠くでトラックの音がしたが、すぐに消えた。空はまだ青くならない。山の冷たい空気が、肺の奥を古い刃物のように刺した。
トレーナーのノートには、ただ一行だけ赤で囲まれていた。
四時四十分。旧山道。第七チェックポイントまで。
速く走るな。止まるな。
その言葉は、何度も聞いた。
速く走るな。止まるな。
若い頃は、勝つための教えだと思っていた。飛ばしすぎるな。ペースを保て。最後まで足を残せ。そういう意味だと信じていた。だがトレーナーが死に、古いロッカーから暗号のような練習メニューが見つかってから、その言葉は別の重さを持ち始めた。
速く走れば、見落とす。
止まれば、捕まる。
彼は腕時計を外し、ポケットに入れた。時間を測るために来たのではない。記録を更新するためでもない。ここで必要なのは、選手としての反射ではなく、追われる人間としての注意だった。
最初の坂に足をかけた瞬間、記憶が戻ってきた。
白い息。固い靴紐。列の前を走る背中。誰も話さない朝。首から笛を下げたトレーナー。ストップウォッチを持ちながら、時計ではなく選手の顔を見る目。
あの頃、彼はそれを愛情だと思っていた。
今は、測定だったのかもしれないと思う。